はしご寿司のまちとやま
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はしご。
漢字でなく平仮名で表記された場合、その後にくる言葉は酒で決まりだろう。酒好きならそれだけでググッとくるマジックワードでもある。
はしごのあとに、もしも寿司というワードがくるならば、それはもはやこの世の桃源郷と言えるだろう。
そう、はしご寿司だ。
そんな夢を叶えてくれる場所と言えばどこか?
「富山にきまっとるわ」
富山在住の友人が即答する。
天然の生け簀と呼ばれる富山湾では、さまざまな種類の魚が水揚げされていて、きときと(=富山弁で新鮮という意味)なネタを適正な価格で提供している店が多いのだという。
なるほど。友人が言う言葉に嘘はなさそうだ。
寿司ではしごなんて、お金かかりすぎだろ、という意見もあるかもしれない。でもちょっと考えてみて欲しい。はしごとはすなわち刻んでいくということでもある。1軒ごとの注文する量をコントロールすれば、おそらく3軒あわせても、1軒でじっくり食べるのと予算はたいしてかわらないはずだ。
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一軒目:栄寿司
自信まんまんの富山の友人に連れられて最初に訪れたのは「栄寿司」。
いわゆる親戚の集まりなどにも使われそうな、座敷ありの広めのお寿司屋さんだ。
いきなり寿司! とがっつくのではなく、お造りと万寿ガニからスタートする。いわゆる香箱ガニで、饅頭に似ていることから富山ではこの名前で呼ばれることが多いそうだ。小ぶりながら、その身には旨味が凝縮されている。内子と外子(卵)とカニミソの濃厚さに、さっそくお酒が欲しくなる。
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寿司に合わせるお酒はけっこう難しい。ビールはせっかくの寿司の味を変えてしまいそうだし、やはり日本酒か。でもしょっぱなから飛ばしすぎると、はしごが続かず、1軒目で試合終了になりかねない。そこでナチュールワインという選択肢だ。
そう、寿司屋でナチュールなのだ。
ここ栄寿司では、ナチュールワイン好きの若手職人さんがセレクトしたナチュールワインを寿司とともにいただくことができる。寿司に合う白を中心セレクトされた数々のナチュールがあるが、今回はイタリアの「ランゲ ビアンコ ネ?」という変わった名前のワインをチョイスする。
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お造りと白子ポン酢を綺麗にたいらげたら、いよいよ富山湾鮨の登場だ。
富山湾鮨とは、いまから10年ほど前からはじまったもので、ネタに富山湾で獲れた地魚、富山県産のお米をシャリに使った握りのセット。提供店は県内全域にあり、値段もまちまち。ここ、栄寿司では4,000円だから、かなりお値打ちだ。
大将が各ネタについて丁寧に説明してくれる。
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「一番左から水蛸、足の長さが1mあるんです。吸盤も美味しいですよ。蛸は梅が付いているから、そのままで。そして梅がついてるからって、あんまり『うめぇ〜』と言わないように。次が甘エビ。そして越中バイ貝。バイ貝を捕るときはエサを入れた籠を使います。翌日、引き上げてみたら、いつもよりも倍、バイ貝がかかっているというね。そしてサワラ、次の列が鯛の昆布締め。さらに白エビ、紅ズワイガニ。最後の列がカワハギ、アジ、アオリイカです。」
ところどころで、大将の寿司ギャグが炸裂してくる。腹を抱えて笑っていると、嬉しそうにネタのケース、ではなくスマホに保存されたダジャレネタ帳を見せてくれる。
実は大将はかつて、先の天皇皇后両陛下の前で寿司を握ったこともあるすごい人。
寿司はしっかり本格派。ダジャレもしっかりこってり系。硬軟の按配が素晴らしいのだ。
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それにしても、キリリと冷えたナチュールワインの酸味と、シャリの酸味がよく合う。スッキリとした白ワインをチョイスしているからか、ネタの風味もまったく邪魔をしない。寿司にナチュール、新しい発見だ。
最後に、コンクールで日本一をとったという大将の巻物をいただく。これぞ達人技。巻きの絶妙な力加減にうなる。とくに大将が考案したものだという山芋梅巻きは、思わず声が出る美味さ。マストで頼んで欲しい一品だ。
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
1軒目から良すぎて、すでに大満足。このままここでナチュールを飲みつつ、最高の寿司とダジャレに溺れ続けたいという欲求を抑えつつ、大将にお礼を言って、2軒目へと向かう。
一人当たりの金額:8,000円〜
栄寿司
https://sakae-zushi.jp/
住所:富山県富山市新庄町30-6
電話:076-424-4513
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二軒目:寿司正
はしご2軒目。箸休め的に立ち寄ったわけだが、とても雰囲気のいいお店だ。箸休めというからには、ここではお米という名の炭水化物はあまり摂取したくない。まだはしごするしね。ただ、こんないい店で寿司を頼まないという無礼は果たして許されるのか……。
「実は、はしご寿司というものをやってまして……」
恐る恐る丁寧に説明をする。
「ぜんぜん大丈夫ですよ」と、とても優しい対応。
そして、寿司以外も美味いのが富山流だと、隣に座る富山の友人はなぜかドヤ顔だ。
こ、これは! 最初に頼んだ白子昆布焼きに絶句する。
とろとろの白子の食感の後に、昆布の優しい旨味が追いついてくる。これなら白子が苦手な人でもいけちゃうやつだ。
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立て続けに注文をお願いする。
出汁しみしみのブリ大根のブリはもはや肉塊という表現がピッタリのボリューム感で、箸で簡単にホロホロとほどける。こんなに上品なブリ大根は初めてだ。
すっきりとした関西風のだし巻き卵は飲み込めるほどふわっふわ。
そしてカワハギの刺身。肝醤油と一緒にいただくのだが、これがまた合う。身の淡泊さと肝の濃厚さのマリアージュ。食感もコリコリと楽しく、いくらでも食べてしまいそうだ。
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これに合わせるお酒は、やはり日本酒で決まりだ。人気で買えないという勝駒と迷うが、富山以外でなかなか見ないという理由で千代鶴をオーダーする。
佐々木俊仁さんという富山のガラス作家さんのお猪口でいただくのだが、自分の好みのものを選ばせてくれるのも楽しい。
いや〜、合う!
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二軒目なので、ちょっと抑えめでいこうしていたのだが、箸がとまらずついつい頼みすぎてしまう。なんだったら、本日の一品を片っ端から頼みたいくらいだ。きっと、いか下足唐揚げも抜群に美味いに違いない。
ここで大将が氷見の寒鰤を披露してくれる。
「今年はちょっとひみ寒ぶり宣言が早かったですね」
寒ぶり宣言とは、本格的なシーズンの訪れとともに氷見漁港で出される宣言。大きさで決まるのだが今年は7kg以上のブリが認定された。
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うーーーん。握りが食べたい! 富山県の形をしたお皿に盛り付けるという富山湾鮨も気になって仕方がないが、心を鬼にしてグッとこらえる。まだはしごは続くのだ。
一人当たりの金額:4,000円〜
寿司正
http://www.sushimasa.asia/
住所:富山県富山市一番町4-29
電話:076-421-3860
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三軒目:寿し晴
そして迎えたラスト3軒目。いかにもローカルなスナックビルの一室という寿司屋としてはなかなかマニアックな立地だ。
そろそろ満腹だが「ここ、寿司晴には吸い込めるメニューがある」と富山の友人は、まだまだ鼻息が荒い。
捻りハチマキの大将が威勢の良い挨拶とともに迎えてくれる。店内には昭和ポップス。寿司屋らしからぬ、どこかスナックに来た時にも似た安堵感もある。
ここで友人が、富山の日本酒、千代鶴とともに迷いなく注文したのが「バイタタ」。なんじゃそれは、はじめて聞く名前だぞ。
聞けばバイ貝のたたきだという。富山名物のバイ貝の身とキモが一緒くたに器に盛られている。見栄えは……なかなかだ。
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友人が狂ったように箸でグルグルとかき回し始める。
「肝は残しといてねー」と大将が言う。身だけ食べるとはどういうこと? という疑問が残るがとりあえず箸をつける。
コリコリとした身に絡みつくキモの程よい苦味と、ワサビの辛味。刻んであるネギと大葉も良い仕事をしている。こんなの食べたことない!
たしかにこれは日本酒で決まりでしょう。何杯でも飲めるヤツだ。
「これはニシバイという種類。身が大きいでしょう。雄しか使わんのよ。みんなその雄雌がわからんから、バイタタは作れんのよ」
バイタタはここでしか食べられないスペシャルなのだ。アワビの食感をヒントにして、大将が考案したメニューだという。
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カウンターに座るお客さんたちもみんなバイタタを頼んでいる。とってもフレンドリーでいろいろと富山のおすすめを教えてくれる。
すすめられて頼んだ鰻の白焼きと白エビの軍艦もめちゃくちゃ美味い。とくに白エビ軍艦には甘エビの卵が乗っていて視覚的にも美しさがある。さすが富山湾の宝石。
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気付いたらバイ貝の身がもうほとんど残っていない。友人が、その器を一度大将に戻す。
なんで? その答えはさらに千代鶴を2杯飲み干したあたりで判明することになる。
バイタタの軍艦。すぐに食べないと横に倒れてしまいそうなほどネタがボリューミーだ。カウンターにそのままビシャッと置くスタイルも男前で好み。
これがまさに絶品。トロトロの肝とふっくらしたお米が合いすぎる。
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一人当たりの金額:8,000円〜
寿し晴
https://www.toyamashi-kankoukyoukai.jp/sushinomachitoyama/sushi/sushiharu/
住所:富山県富山市内幸町9-2 オレンジビル2F
電話:076-441-5853
富山ではしご寿司。これは誰かをさそってドヤ顔できるコースだ。
そしてバイタタの軍艦が、目が覚めるくらい美味かったから、もう一軒はしごしたくなってしまう。さすがに腹はいっぱいだから、同じビルにあったスナックにでもなだれ込もうか。はしご寿司からの、はしご酒。そうして富山の夜は更けていくのだった。
TEXT:櫻井卓
PHOTO:若林武志